「麺屋ごとう」の閉店


駒込の老舗ラーメン店「麺屋ごとう」が閉店されました。
事前の告知はなく、すでに店を閉められてからのお報せでした。このあたりの去り際の潔さに、美しささえ感じます。

プロレスラーの何度も繰り返す引退興行にファンが白けてしまうように、ラーメン業界でも閉店告知後の大行列はもはや定番の光景です。しかし「麺屋ごとう」の引き際を見て、私もあらゆる局面においてかくありたいと感じさせられました。そして同時に、今回の閉店はラーメン店の経営というものを深く考えさせられるきっかけにもなっています。

「東池袋大勝軒」という老舗で修業し、その味を受け継ぎながらも自身の味を確立し、長年お客様に愛されて年を重ねていく。そこには一軒のラーメン店としての「生涯」が凝縮されているように思えます。

店の規模やスタイルを見れば、我が店と重なるところも多いです。同様のかづ屋からの独立店も含め、彼らが抱えていた悩みや課題は、我々が抱えてきたものと同じだったのではないでしょうか。そう思うと、自身の店運営のあれこれを自ずと重ね合わせてしまいます。

日々の味作りは言わば「好きなこと」であり、創作の楽しさや、それがお客様に認められていく喜びはラーメン屋を営む一番の醍醐味です。しかし、これが「経営」となると、思い通りにいかないことの方が遥かに多いものです。

「麺屋ごとう」は当初、池袋で開業された頃はご兄弟とお母様のファミリーで運営されていました。傍目からは非常に安定した運営に見えたものですが、外からは見えない身内ならではの苦労もあったのかもしれません。その後、駒込へ移転されてからは店主と女性スタッフ(おそらくご親族でしょう)の二人で切り盛りされていました。内情は定かではありませんが、大人数のスタッフを抱えるような営業スタイルではなかったはずです。

こうして店主が60代を迎える頃となり、さまざまな事情から閉店に至りました。ここには個人経営店が抱えるあらゆる問題が集約されています。

その中で特に考えさせられるのが、「スタッフを雇用し、組織として運営すること」の重要性です。もちろん乗り越えるべきハードルは多いですが、店主一人の労力だけに頼る営業にはどうしても限界があります。店に「寿命」があるのだとすれば、できる限りそれを延ばす工夫をしなければなりません。

「店主の体力の限界が、そのまま店の寿命になる」というのは個人店によくある話です。しかも、その限界は突然訪れることがあります。とかく個人店の店主は働きすぎな傾向があります。できれば余力を残してリタイアしたいものですが、仕事をリタイアすることがそのまま人生のリタイアに繋がってしまいかねない怖さもあります。

色々と考察を巡らせてしまいましたが、何より「麺屋ごとう」のラーメンは本当に美味しかったです。「別れの一杯」を味わうことは叶いませんでしたが、その記憶に残る美味しさを、これからも胸の中で噛みしめていきたいと思います。

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