空也 汚穢の中で民衆救済 中村一晴著

知人のご子息の著書とのご縁で読んでみました。
本書は平安時代の念仏僧、空也上人について書かれています。没後まもなく書かれた源為憲(みなもとのためのり)による『空也誄(くうやるい)』や、慶滋保胤(よししげのやすたね)の『日本往生極楽記』などを読み解き、現代人にも慕われる人物像を浮かび上がらせています。
空也は平安中期の僧で、「南無阿弥陀仏」と声に出して唱える「称名(しょうみょう)念仏」の実践者です。これまでの念仏は、仏を心の中に思い浮かべる「観相(かんそう)念仏」が主流でした。空也はそれをただ念仏を称えることに主眼を置き、念仏行を誰にでも実践できる救いの手立てとして広めていきました。その教えは、その後に隆盛を得る浄土教、法然、親鸞、一遍らの先駆けとも言われています。
空也上人は、教団を組織したわけでも、教義を打ち立てたわけでもありません。しかし、当時の社会に大きな影響力を持ち、後世にも慕われる人物像が残ったのは、その生涯をひたすら民衆の中に入って活動されたからです。そこには、念仏を称える宗教活動だけではなく、為政者から顧みられない人々に向けて行った貧者救済や社会事業も含まれていました。この本の副題に「穢(おわい)の中での民衆救済」とあるのは、まさにその通りだったのでしょう。
さて、その空也上人が目指した救済とは、どのようなものだったのでしょうか。
それは、念仏を称えれば誰もが極楽浄土に往生するという教えでした。難しい修行も教義もなく、誰でも、そして極楽浄土に往生して何の障害もなく仏になるための修行に入れる。これが当時の人々にとっての救いであったようです。
イスラム教やキリスト教の天国とは、いささか異なる点であるようにも思えます。
さて、ここからは現代人の私が考察します。あの時代の困苦に満ちた状況は、芥川龍之介や黒澤明の『羅生門』から想像力を働かせることができます。貧困や病、自然災害を目前とした衆生には、従来の仏教が目指すような国家統合や悟りへの導きよりも、より明確な救いが求められていたようです。
しかし、現代社会を当時と比較すれば、確かに問題は存在するものの、貧困や病、自然災害などへの対応は格段に改善されています。かつて極楽浄土にて往生を遂げ、成仏するための修行も、その気になれば現世にて始めることもできる世になりました。また、当時の衆生に現代社会を見せれば、まさしくここは極楽浄土かと思われるかもしれません。
さて、そんな現代に生きる我々が、空也上人に惹かれるのはなぜでしょうか。それは、浄土信仰や念仏行という宗教的な側面とは別に、空也上人の清貧で私欲を捨てた生き方に共感と憧れをいだくからでしょう。
